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tatü

あるまじろみたいな。 写真とか、カメラとか、日常とか。ぎゅっと詰め込んだ場所。

使い捨ての駒になるということ。

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ずっと、自分の立ち位置が迷子になっている。
いろんな場面で、迷子かつ、捨てられることも多く、
とうとう、今朝、1年以上かけてずーーーっと一人で背負わされていたプロジェクトの話をされて、愕然としてしまった。
相手あってのプロジェクトで、新製品のテストみたいな仕事でした。
一応、新作披露目会のお誘いが来ていて、ただ、行けないから諦めなさいと言われた矢先に。
上司がひとりで行くことになったとのこと。
一生に一度あるかないか、の、場所でのお披露目式。

へらへらっと言われて、
そして、それまでのデータをイチから全部整理しなおして出して欲しいと。

大学に勤めている時からそういう上の立場の人がデータを持っていくことには慣れてるはずなのに、
今回ばかりはズーンと胃にのしかかるものがあって。
鉛をまた身体に抱え込んでしまった感じ。
悔しくても泣かなかった。
ただ、言われた直後が激務で、記憶が全くないのが幸いである。

関わる時間が長くなればなるほど、
自分の分身的なものになって。
手をかけたものほど、愛おしくなる。

リリースに誘われなかったことが嫌だったわけではなく、それ以外の大きな権力と実績が関わってきてるのが大きなものなのだと。

わが子を盗られるってこんな感じなのだろうか。

ここ数週間は色んな場面で別ればかりで、
これ以上手塩にかけたものが離れていくのはもう耐えられないな、って。

昼下がりの、窓一つない、恒温で保たれた、人工的な空間に転がって、考えてみている。
ひとりで抱えて消化できるだろうか。

色んな人に、仕事を伝えると、なくてはならない人とか、素敵だとか、
前向きなことばかり言われるけど、
使い捨てだし、定年までは働けないのはわかっている。
そして、今まで、すごい勢いで捨ておかれてきた。



働く、とは。
また、使い捨てなんだろうなぁ。